不動産と相撲における“パンドラの箱”の話 | 東村山市の不動産会社

国は登記をしてもあなたが真の所有者であることまでは証明してくれない~不動産登記制度

不動産を購入したら司法書士さんに依頼するなどして、「登記」を行うと思います。多くの人はそれによって、法務局へ行って登記簿を取れば、「この不動産が自分の“所有物”だということを証明できる」と思われていることでしょう。ですが、登記したことだけを以って、その不動産の真の所有者が自分自身であることは保障されないと言ったら、驚かれるでしょうか。

日本の不動産登記制度は、揉め事などが発生したとき、第三者に対する対抗要件にはなっても、真の所有者であることは証明してくれないのです。自分が真の所有者であることを証明しなければならないなら、裁判で決着をつけなさい、ということになります。

難しい言葉だとこのようなことを、「公示力はあっても公信力がない」なんて言いますね。そもそも土地はともかく、建物に関して登記義務がなく、建物登記がされていないケースは結構多いのです。何か変ですが、現にそうなっているのです。

同じく義務ではなかった相続登記は、義務化されることが決まっています。世の中にはこのように、きちんと改めなければならないことはわかっていても、それによるハレーションや膨大な労力の発生などを恐れて、見て見ぬふりをされているようなことが多々あります。パンドラの箱というやつですね。国がこうしたことに本腰を入れたとしたら、やれうちの土地が狭くなった、固定資産税を長年にわたって多く払わされていたのかなどと、大変な騒ぎになるかもしれませんから。

百年の計が必要な点では相撲界も共通~不動産登記制度

私(阿部)は子どもの頃から大相撲のファンですが、相撲協会の年寄名跡制度の問題もこれに似ています。知らない方のために説明すると、年寄名跡というのは親方になれる権利のことです。力士が現役を引退後、指導者(親方)として協会へ残るにはこの年寄名跡を取得する必要があります。八角親方とか、出羽海親方とか、そういう名前のことです。

しかしながら、この年寄名跡は105しかありません。ずっと昔は需要と供給のバランスが安定していて、師匠から弟子が継承するということで問題はありませんでした。先代の八角親方から、当代の八角親方へといった話です。

ところが近代になって、短命が多かった元力士が長生きするようになったりするなどして、限られたパイを手にするために大金が動くようになってしまったのです。それによって、指導者にふさわしい人であっても、お金が準備できなければ親方になれないという状況が生まれてしまいました。

その後、師弟間で年寄名跡をめぐって裁判沙汰が起こったり、譲渡の際の申告漏れが指摘されるなどして、制度改革の必要性が言われるものの、あいまいなかたちで現在に至っているのです。もし本気で、今後は年寄名跡の売買は禁止などと決めたら、大枚はたいて権利を手に入れた親方衆は怒るでしょう。当たり前です。億単位のお金で購入したものを、今日から0円の値打ちしかないと言われたら誰だってキレます。

だけど、これから先の発展を考えたら放っておくわけにはいかない。原発然り。日本には、世界には、あちらこちらにこうした問題が山積しています。

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