生活保護には、家賃など住まいに必要な費用を支給する「住宅扶助」があります。
しかし、住宅扶助の上限額以内で借りられる住宅の数は、地域によって大きく異なります。同じ東京都内でも、家賃相場の高い地域では物件を探すことが難しく、比較的家賃の低い地域へ住宅確保要配慮者が集中する可能性があります。
住まいの問題を、生活保護を受給してから支えるだけでよいのでしょうか。
私は、生活保護受給者だけでなく低所得者や中所得者、さらに住宅を貸す家主、仲介する不動産事業者まで含めて、住まいを社会全体で支える仕組みを考える必要があると思っています。
そのために必要なのが、私の考える「住宅福祉」です。
生活保護の「住宅扶助」とは
住宅扶助とは、生活保護制度において家賃や地代など住居に必要な費用を扶助する仕組みです。
東京都では地域によって上限額が定められており、単身世帯の場合は次のようになっています。
1級地(23区と2級地以外の市):53,700円
2級地(羽村市、あきる野市、瑞穂町):45,000円
3級地(日の出町、檜原村、奥多摩町、島しょ):40,900円
このほか、世帯人数によって上限額は変わります。また、一定の要件を満たす転居では、敷金などの初期費用についても基準があります。※参考:東京都福祉局「都内で生活保護を受給中の皆様及び関係機関の皆様へ」
なぜ住宅扶助では「住める街」と「住みにくい街」が生まれるのか
住宅扶助を考えるうえで重要なのが、同じ等級に分類される地域であれば、基本的に同じ上限額が適用されることです。
たとえば東京都23区の場合、家賃相場の高い港区や渋谷区でも、比較的低価格の賃貸住宅を探しやすい区でも、単身世帯の住宅扶助上限額は同じ53,700円です。
しかし、実際の賃貸住宅市場では地域によって家賃相場が違います。
そのため、同じ53,700円でも「かなりの数の物件から探せる地域」と「対象になる物件そのものが非常に少ない地域」が生まれます。
生活保護を利用しながら民間賃貸住宅を探す場合、制度上は居住地域を限定されていなくても、実際には家賃相場によって選択できる地域が狭まってしまうわけです。
「生活保護でも住める街」がスティグマになってはいけない
そこで考えておきたいのが、住宅確保要配慮者が特定の地域へ集中することの問題です。
住宅扶助の範囲内で借りられる住宅が特定地域に偏れば、「生活保護でも住める地域」だったものが、いつの間にか、「生活保護の人が住む地域」と認識される可能性があります。
そうなれば、その街に住んでいること自体が生活困窮を周囲に示す「恥ずべき暴露」となったり、地域そのものにスティグマが生まれたりしかねません。
住まいの選択肢を確保することは、単に「屋根のある場所を用意する」という話ではありません。
どの街で、どのように暮らすことができるのかという、生活の尊厳にも関わる問題です。
「低所得者にもやさしい街」を自治体の価値にできないか
自治体が企業誘致や子育て世帯の転入促進などに力を入れるのは当然のことです。
税収を増やし、地域経済を維持するためには、所得の高い住民や企業に選ばれる街をめざすことも必要でしょう。
その一方で、「所得が低くなっても安心して暮らし続けられる街」であることも、これからの自治体の価値にならないでしょうか。
ここで対象にしたいのは、生活保護受給者だけではありません。
生活保護を受給するほどではないものの、家賃負担が重い低所得世帯。
子育てや介護によって住宅費の負担が大きくなっている世帯。
収入はあるものの、家賃や物価の上昇によって生活に余裕がなくなっている中所得世帯。
こうした人たちまで含めて住宅政策を考える必要があります。
「生活保護になるまで自分で何とかする」では遅い
現在の社会保障には、生活が一定程度まで困窮して初めて利用できる制度が少なくありません。
「生活保護になるまでは自分で何とかしてください」という発想では遅いのです。
高い家賃を払い続けるために生活費を削る。
家賃を滞納する。
住まいを失う。
住居が安定しないため仕事まで続けられなくなる。
心身の状態を崩したり、家族関係が悪化したりする。
こうして問題が深刻になってから社会保障制度につながるよりも、その手前で住まいを支えたほうが、本人にとっても社会にとっても負担を小さくできる可能性があります。
住まいは人権。特に住宅政策には、生活が破たんした後の「救済」だけでなく、生活を破たんさせないための「予防」という視点が必要です。
生活保護になる前から使える家賃補助を
ここからは、現在の制度の説明ではなく、私自身の提案です。
一つは、生活保護の住宅扶助を一つの基準として、より幅広い所得層を対象とした家賃補助をつくることです。
たとえば世帯所得、子どもの人数、ひとり親世帯であることなどを考慮して、所得に応じて家賃の一部を補助する仕組みです。
所得が低いときには補助を厚くし、所得が増えれば段階的に減らしていく。
これなら、「生活保護を受給するか、すべて自分で負担するか」という0か100かの制度ではなくなります。
転居時に必要となる敷金、礼金、仲介手数料などについても、所得に応じて無利子または低利で融資する仕組みを考えてもよいでしょう。
数十万円の初期費用を用意できないために、もっと家賃の安い住宅へ移ることができないという逆転現象も防ぐことができます。
公的な家賃補助が「家賃のつり上げ」にならない仕組みも必要
ただし、公的な家賃補助を増やせば、それだけで問題が解決するわけではありません。
「公費から出るのだから」と家賃を不合理に値上げしたり、通常なら必要のない費用を初期費用へ加えたりする事業者が出てくれば、制度そのものへの信頼が失われます。
適正な賃料なのか。
初期費用のそれぞれの項目に合理性があるのか。
こうした点を確認する仕組みも同時に必要でしょう。
借りる人、貸す人、仲介する人のうち、誰か一人だけが得をする制度では長続きしません。
「貸す側」をどう増やすか―住宅セーフティネット制度の次を考える
住宅政策でもう一つ大きな課題になるのが、「誰が住宅を貸すのか」という問題です。
住宅セーフティネット制度では、高齢者、障がい者、生活保護世帯、ひとり親世帯などを「住宅確保要配慮者」と位置づけ、民間賃貸住宅を活用した住宅確保を進めています。
現在も、セーフティネット住宅や居住サポート住宅については、住宅改修への補助や低額所得者の家賃負担を軽減するための制度などが用意されています。
つまり、すでに住宅を所有している家主が要配慮者を受け入れるための支援については、制度整備が進められています。
しかし私は、もう一段手前にも目を向ける必要があると考えています。
それは、「そもそも、住宅福祉を担う家主になるにはどうしたらよいのか」という問題です。
借家経営そのものへの参入障壁を下げる
特に東京では築古の中古アパートや空き家と言っても、それなりの購入価格になります。
たとえば、分譲マンション以外で1000万円前後以下の売値の不動産であれば、購入後のリフォームやリノベーションが前提。その費用や手間も考えれば、なおさらのこと。
つまり、住宅確保要配慮者に住宅を貸したいと思っても、まず不動産を取得するための大きな資金が必要になります。
さらに賃貸住宅経営は、投じた資金を何年、何十年とかけて回収する事業です。
この初期投資の大きさと回収期間の長さそのものが、住宅福祉を担う新しい家主が市場へ参入する際の壁になっています。
そこで考えられるのが、住宅セーフティネット制度の理念を理解し、これから住宅確保要配慮者を受け入れる賃貸住宅を取得・経営しようとする事業者や個人に対する、長期間の無利子または低利融資です。
「善意の家主」ではなく「普通の家主」が参加できる制度へ
もちろん、「住宅確保要配慮者を受け入れます」と表明して有利な融資だけを受け、実際には受け入れないということができる制度では困ります。
一定期間の要配慮者の受け入れ、適正な家賃設定、セーフティネット住宅等への登録などを融資条件と連動させる必要があります。
しかし、これは制度設計によって対応できる問題でしょう。
重要なのは、「社会貢献に熱心な善意の家主」を探し続けることではありません。
普通の人が借家経営への参入を考えたとき、「住宅確保要配慮者を受け入れる住宅を経営する」という選択肢にも、経済的な合理性が生まれることです。
住宅福祉を、善意だけに依存する仕組みにしてはいけないと思います。
町の不動産屋が「普通に」居住支援できる仕組みも必要
そして忘れてはいけないのが、不動産業者です。
住宅確保要配慮者の部屋探しでは、一般的な賃貸仲介以上の調整が必要になることがあります。
本人への説明だけではありません。
家主や管理会社との交渉、保証会社との調整、行政や福祉関係者との連携など、一件の契約までに多くの関係者とのやり取りが必要になることがあります。
ところが、一般的な賃貸仲介は基本的に成功報酬です。
何件の住宅を探しても、何度案内しても、最終的に契約へ至らなければ仲介手数料は発生しません。
これでは、居住支援に積極的に取り組むほど不動産会社の経営が苦しくなる、という矛盾が生じます。
「居住支援加算」という考え方
そこで、一定の要件を満たす居住支援案件については、通常の仲介手数料とは別に「居住支援加算」を設けることも考えられます。
行政や福祉関係者との連携、家主との特別な調整などが必要になった場合、その業務自体に報酬を支払うという考え方です。
また、住宅確保要配慮者の場合(だけでもありませんが)、何件も案内してようやく入居できる住宅が見つかることがあります。
たとえば3件目以降の物件案内については、最終的に成約しなかったとしても、一定の条件を満たせば報酬を請求できる仕組みにすることも検討できるでしょう。
当然ながら、報酬を得るためだけに不要な案内を増やすことがないよう、制度設計は必要です。
しかし、「不正利用される可能性があるから制度をつくらない」では、何も進みません。
適切なチェックを設けたうえで、正当な業務には正当な対価が支払われる仕組みをつくればよいのです。
町の小さな不動産屋にとって、住宅確保要配慮者の住まい探しが「特別な社会貢献」ではなく「普通の日常業務」になる。
私は、それが居住支援を広げる重要な条件だと考えています。
借りる人・貸す人・仲介する人を同時に支える
住宅福祉を考えるとき、家賃補助を増やせばよい。
公営住宅を増やせばよい。
家主への補助を増やせばよい。
不動産会社へ報酬を出せばよい。
そのどれか一つだけでは、おそらくうまくいきません。
借りる人には、所得に応じた家賃補助や初期費用への支援。
貸す人には、要配慮者向け住宅への参入を可能にする資金調達や、既存の住宅セーフティネット制度による支援。
不動産会社には、通常の仲介業務を超える居住支援業務への対価。
福祉関係者には、生活支援や見守り。
行政には、それらをつなぎ、制度を設計し、公的資金を適切に投入する役割があります。
それぞれの当事者に役割と合理性をつくることが必要です。
制度設計は簡単ではありません。
でも、できると思います。
日本から新しい「住宅福祉」のモデルをつくれないか
いま日本に必要なのは、行政が住宅供給のほとんどを直接担う仕組みでもなければ、住宅を基本的に民間市場へ任せ、そこからこぼれ落ちた人だけを福祉制度で救済する仕組みでもありません。
日本には巨大な民間賃貸住宅市場があり、たとえば空き家問題はその陰の部分とも言えるでしょう。
ならば、それを住宅福祉の社会資源として活かす方法を考えてもよいはずです。
民間の住宅市場に、公的な資金と制度を組み合わせる。
借りる人だけでなく、貸す人にも、仲介する人にも、住宅福祉へ参加する合理性をつくる。
そして、生活保護を受給するほど困窮してから支えるのではなく、住まいを失う前から支える。
それは、従来の欧州的な福祉国家とも、これまでの日本型の住宅政策とも少し違う、新しい住宅福祉のかたちになるのではないでしょうか。
住まいは、人が生活を立て直す場所です。
だから住宅政策を、「困った人をどこに住ませるか」という問題だけにしてはいけません。
「所得が低くなっても住み続けられる街をどうつくるか」
「住宅を必要とする人に貸すことが、家主にとっても持続可能な事業になるにはどうすればよいか」
「その橋渡しをする不動産会社が、きちんと仕事として関われる仕組みをどうつくるか」
そこまで含めて考える。
それが、これから必要になる「住宅福祉」なのだと思います。
よくある質問
Q.生活保護の住宅扶助とは何ですか?
A.生活保護制度の扶助の一つで、家賃など住居に必要な費用を支給する制度です。上限額は地域や世帯人数などによって異なります。
Q.東京都の生活保護の住宅扶助はいくらですか?
A.単身世帯の場合、1級地では月額53,700円、2級地では45,000円、3級地では40,900円が上限額となっています。(2026年9月1日現在)。制度の内容等は変更されることもありますし、家族の数によっても扶助の額は異なります。詳細は、最寄りの福祉事務所へお尋ねください。
Q.住宅確保要配慮者とは誰のことですか?
A.高齢者、障がい者、ひとり親世帯、生活保護世帯など、住宅の確保に特に配慮を必要とする人をいいます。住宅セーフティネット制度では、民間賃貸住宅を活用しながら、こうした人たちの住宅確保を支援しています。
Q.住宅セーフティネット制度には家主への支援がありますか?
A.あります。セーフティネット専用住宅や居住サポート住宅では、一定の条件のもとで改修費への補助などが設けられています。また、低額所得者の家賃や家賃債務保証料などの負担を軽減する制度もあります。
Q.この記事で提案している「居住支援加算」は現在ある制度ですか?
A.この記事でいう「居住支援加算」は、住宅確保要配慮者の仲介に伴う追加的な調整業務などに対して、公的な報酬を設けてはどうかという筆者の提案です。現行制度について説明する名称ではありません。
Q.住宅福祉とは何ですか?
A.この記事では、住宅を単なる不動産としてではなく、生活を維持するための社会的基盤として捉え、借りる人、貸す人、不動産事業者、福祉、行政がそれぞれの役割を担いながら住まいを支える仕組み、という意味で「住宅福祉」という言葉を使っています。
※文責:阿部浩一(合同会社うんすい宅建 代表社員)
