墓じまいと空き家じまい | 人生も後半の不動産屋

ぶちぎれる住職様?~東村山の不動産会社

最近、「墓じまい」という言葉をよく耳にします。墓じまいは先祖代々、個々のお墓を無くして、合同墓などへ遺骨の引っ越しをすることを言います。理由としては、年を取って山間や足場の良くない墓地へのお参りが困難になった、後継ぎがいないなどがあげられます。

核家族化、お一人様、少子高齢化など、家族を取り巻く変化が従来のお墓との関係に影響を与えているといえます。

都会で育った人や若い人にはあまりピンとこないという人もいるでしょうが、日本には檀家制度というものがあって、特定のお寺に葬祭や先祖のご供養をお願いする代わりに、そのお寺に寄付などをするというものがそれに当たります。

お願いするほうを檀家さんなどと呼びますが、その檀家さんが墓じまいをするということは、それまでのお寺との縁を切るということになるわけです。お寺にすれば、それは死活問題だということで、墓じまいを切り出したら住職さんを怒らせてしまい、手切れ金として高額なお布施を要求されたという話もあるそうです。

葬祭や供養は生きている側の心の安寧~東村山の不動産会社

住職様と呼ばれて地域の人々からちやほやされて、黙っていても信心深い檀家さんが高額なお布施をはずんでくれるのが当たり前だった時代を知るお寺からすれば、受け入れがたい話ということなのかもしれません。

一方で、檀家さんを引き留めたところで根本的な解決にはならないとして、地域の人々に「みんなで墓じまいをしましょう」と呼びかけて、みんなが入るための“合祀墓”を建立し、地区外の人々も呼び込んで地域の盛り上がりにも寄与しているなんていうお寺もあるとのこと。(農文協「季刊地域」No.58)。

空き家問題もさることながら、亡くなった後の“お家”の問題も私たちを悩ませています。基本的に葬祭や供養というものは、亡くなった人のためというよりも、生きている側の心の安寧という面が強くあるものです。本人は「私が死んだら海に捨てて魚のエサにでも」なんて言っても、そうはいかないのが悩ましいところではあります。

 

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